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05495

2023/10/05 12:47:12 | 未分類 | コメント:0件

人間は、「自分の価値観を人に押し付けないほうがいい」と思います。宇宙には、「相手を変えようという気迫が強いほど、人は離れていく」という法則があるようです。

 この方が「自分の真似をしなさい」と強要せずに、「バカなことをやってしまったので、どうぞ笑ってください。私はこういうバカな生き方しかできません。私の真似などしないほうがいいです」と言っていたら、おそらく賛同者が増えたかもしれません。

 聖書や仏典などの本を、数日かけて読んで暗記すれば、誰でも、キリストやお釈迦さまが言っていた言葉と、「同じ言葉」を言うことはできるようになるでしょう。

 けれど、その人が、それだけで「周囲から尊敬されること」はありません。なぜなら、キリストやお釈迦さまとは違って、実際に「実践」をしていないからです。

 話が立派だからといって、相手が話を聞いてくれるとはかぎりません。「立派な話をすること」と、「相手が話を聞いてくれること」は、別問題です。

 人が耳を傾けるのは、話す側が、「本当に、そう生きているときだけ」です。

 そして、本質的なことがわかっていて、実践的に生きている人は、「自分の意見」を押し付けたり、「ああだ、こうだ」とは言わないようです。

いくら能書きが立派でも、家族や、部下や、まわりの人に対する態度の中に、「その人の人格のレベル」は表れているようです。

「あの人の、していることが許せない」という、正義の「敵意」の小さな芽は、誰の心の中にも宿っているでしょう。

よき仲間と明るく楽しくいたいのならば、目の前の人に対して「自分と同じように振る舞いなさい」「同じ価値観になりなさい」と強制するのをやめましょう。

 他人や世の中をどうするかより、「自分の中の敵意と憎しみをなくし、太陽のように明るく生きていくこと」のほうが、ずっと大切だと、私は思います。

神様が味方をしてくれる人になる習慣
 人は1人で生きていると「ヒト」ですが、喜ばれるように生きていくと、人と人の「間」で生きる「人間」に変わります。

 人の間で生きるということは、「自分が必要とされている」ということです。

「人間」の生きる目的は、ほしいものを得たり、何かを成し遂げることではなく、

「人の間で喜ばれる存在になること」
「『ありがとう』と言われる存在になること」
 にほかなりません。

 発する言葉や表情など、その人のふるまいが「まわりを喜ばせるもの」になっていれば、投げかけた結果として、まわりの人があなたにとっての「よき仲間」になってくれるでしょう。

「しあわせ」の語源は「為し合わせ」です。お互いにしてあげることが、「幸せ」の本質なのです。

 努力をして、頑張って、必死になって、自分の力だけを頼りに生きていこうとする人のもとには、人は集まりません。「孤独という状態」が続いてしまいます。

 一方で、「自分の力なんてないんだ」と思っている人は、まわりに支えられて生きていることがわかっているので、「謙虚」です。

「謙虚」とは「感謝」すること。「感謝をする人(「ありがとう」を言う人)」のもとにはたくさんの人が集まってきて、「よき仲間」に囲まれます。

 教え合い、学び合い、交歓し合う「よき仲間」に囲まれたなら、それだけで「天国度100%」。頑張りも努力もいりません。ただ、「喜ばれること」を続けていけばいいのです。

「そ・わ・かの法則(掃除・笑い・感謝)」を生活の中で実践することであり、「ありがとう」を口に出して言い、逆に、「不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句」を言わないこと。

すると、神様が味方をしてくれて、すべての問題も出来事も、幸せに感じて「よき仲間に囲まれる」ことになり、「喜ばれる存在」になる。

これこそが「人生の目的」であり、「幸せの本質」なのです。
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